龍馬 IN KOBE 総集

神戸高知県人土陽会がテーマとする龍馬IN神戸を暦年表示

初めまして 坂本龍馬殿①    土佐の怪人・北村博之

Mon 15 , 23:52:12
2010/03
一筆啓上かしこみ仕候
私北村博之君事愚人北ちゃんは、17年前に、坂本龍馬さんあなた様の群像本を拝見致し、そして平尾道夫先生の”龍馬のすべて”を読んだことによりまして、”だいたい殆どすべて”のその足跡と人物像を認知することが出来ました。
そしてこの初期段階に置きましての、あなた様の第一印象というか感想を述べさせていただきますと、
「何なんじゃぁ このヤローは・・・、あっスンズレイ・・・。何なんじゃあですろう、このお方この人物この人間は・・・
百五十年もの前の江戸時代に、こんなに大きくてでっかくて凄くておもしろい青春人生をしちゃってた人間がいたのか・・・。
う~む、これからの日本の未来の二十一世紀のいつかには、必ずやこいつの、あっいやこの男の時代とブームがやって来るに違いない。間ァ~違いない・・・。」という事でした。
そして、何で何で?どうしてどうして?何でだろう・・・何でやねん・・・という。
龍馬さんの近年に至る人気の理由が、何となくいやらしィ~く透けて見えて来たのです。
そしてとうとう遂に、龍馬さんの青春人生の目的が”蝦夷地(北海道)独立デモクラシー国家の建設”であり、その先の目標が”アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントン”であることが推測されたのです。・・・
違いますか、龍馬さん!
そうして、2001年10月に”人間ロマン坂本龍馬の野望(実像編)”という題目で本にして、その直後には、坂本
龍馬という人物に対しまして、尊敬と尊意を籠めて捧げます”大いなる野望”という龍馬SONGを作らせて頂きました。
♪♪ 大いなる野望 ♪♪   
一、空に響くような    大いなる鼓動          二、 風にさ迷いながら   歩み続けている
誰かのために今   山地を越えて行く           素敵な眼差しは    命を溢れさす 
青く澄んだ瞳は    命の道しるべ             波を蹴って走る     コバルトの道は
届かぬ想いの中で  溶け込んでゆく            誓った仲間と      大空追いかける  
ふるさとは遥か雲の 空に遠ざかり              喜びはいつの間にか  悲しい時となり
瞼に浮かぶのは   やさしい笑顔              涙を堪えてみても   眼(まなこ)が沴む 
ひとりの旅路に見えた でっかい夢の果て          ひとりで出来ない夢を 誰かが支え       大いなる人生の    野望の海               だから誰にでも   未来を与える
三 思い出は遥かに繋ぐ  心の愛となり
流れる緩やかな    舟になる
北の大地に挑む    大いなる野望
荒んだ嵐の中で    斃れて流れてく
龍馬さん、気に入って頂けましたでしょうか・・・?初めまして ・ひろ

福山拓治 改訂版です

Sun 28 , 17:46:51
2010/02
                                                    平成22年2月22日    坂 本 龍 馬  様
拝啓、梅花馥郁の候  坂本家皆々様にはその後如何お過ごしでしょうか。
以前京都『寺田屋』で受けた両手の指の古傷は冬場に痛みはありませんか。念の為、お伺い申し上げます。
本日は故あってご無礼を顧みず、突然お手紙を差し上げることになりました。
ただ今世界では『当季オリンピック(五輪)』がカナダで開催されており、これには『夏季』もあって【より速く。より高く。より強く】をスローガンにした,心・技・体を競う世界レベルの運動スポーツの察典です。
あなた様がご健在であれば、きっと①『マラツン』(脱藩時土佐と伊予の高度差の激しい峠を走り抜けた健脚)②『フェンシング』(千葉道場での剣術修業)③『柔道』(日根野道場で柔術免状)④『射撃』(ピストルでの小烏撃ち練習)⑤『水泳』く鏡川でのスパルタ水練)のいずれかに日本代表として出場を果たされたばかりでなく、【金メダル】の獲得も実現出来たのではないかと思っています。
兎に角、世界を股に掛けることを夢見たあなた様にとってはまっこと羨望の的ではないですろうか。
当地『にっぼん』も昨今は地球温暖化とか言われ、特に気候の変動が著しく例えて言いますと『梅は咲いたに桜はまだか』の状態で毎年桜の開花が狂って美しかった日本の四季にも少なからす影響が出ています。
また、このところの我国は政治・経済をはじめ雇用・教育。社会保障・外交等々あらゆる面でひずみが生じており、出来得ることならあなた様に是非とも『いま一度せんたく』をお願い致したいところですが、折角悠々自適の御身でありますので、本日はこれ以上は申し上げる積もりはどざいません。
それよりも、今回はあなた様にまつわるにっぼんの最近の世情をいくつかお知らせすることにしました。
●テレビ業界では、今日でも時代則は大変人気があり昭和38年からは『NHK大河ドラマ』というものが放映されております。昭和43年その6作目に司馬速太郎先生の『竜馬がゆく』というタイトルであなた様の役を俳優の北大路欣也が演じて、あなた様に員けず劣らすイイ男振りを遺憾なく発揮しました。また、それから42年後の今年は49作目として幕末を駆け抜けた英雄の生涯龍馬伝』として福山雅治が主役を演じて更に好評を博しつつあります。この人物も大変スマートな印象ですが、俳優ではないのでチクト気にいらんかも知れません。そんな時はどうか、かって横井小楠先生に言われたようにニ階ならぬ天上にござってチョイと指図してアドバイスのひとつふたつしてやって欲しいと思います。
更に映画界でも坂本龍馬役を阪東妻三郎月形龍之介嵐寛寿郎河津清三郎石原裕次郎中村錦之助ほか当代一流の俳優が演じお龍役にもあなた様が主役を交代したくなるような女優が名を連ねております。
ところで、坂本龍馬関係の著書・伝記等はこれまでに相当数が出版されておりましたが、『龍馬伝』の放映を機に書店には書き下ろし、新刊物が溢れ最近6ケ月間に出版された新規書物は実に100冊以上です。この龍馬ブームには、あなた様よくご存じの書肆菊屋の峰吉さんも多分ビックリされることでしょう。
--1/3--
●次に、『龍馬伝』の放映を受けて地元土佐では、『土佐・龍馬であい博』(H22・1・16~H23.1・10)が開催され、高知県内には4ケ所の社中(パビリオン)もオープンして全国からファンが詰めかけることになると思います。あなた様は勿論のこと生まれ故郷の土佐の株がこじやんと上がること疑いなしです。絶好の機会であり、期間中に一度はお顔を出してもらいたいけんど、何かとご多端の折無理でするうか?。
最近、にっぽんでも飛行機というものが普及して全国どこへでも簡単に行き来できるようになっています。
従って、土佐高知に来るにも昔と違って訳ないがです。ところで土佐の飛行場は『高知龍馬空港』と言いますが、事前に一言「使用許可願い」がありましたでしようか?
その昔にもしも飛行機というものが存在していたならば、『海援隊』『陸援隊』と別に『空援隊』が必要でしたが、空々しい話ですが隊長にはどなたが相応しかったでしょうか?
交通機関も大変便利になりましたが、手紙もこの文明の利器の影響で短期間で郵送できるようになりました。ご実家近くの郵便局は『龍馬郵便局』と呼び、入り口には大きなあなた様の銅像が立っています。
手紙といえばあなた様が認められた手紙は今日でも約140通弱現存しておりますが、ユニークな書法は絶大な人気となっています。残念至極なのは、お龍さん宛のものが1通も残っていないことであり、ある時期までは保管されていたお龍さんが、土佐を離れる際に全てを焼却された事であります。もしも、これらの手紙が現存していたならば、あなた様の模範亭主振りが話題になっていることでしよう。
また、土佐・高知は全国有数の酒どころで酒飲みが多いと言われて久しいのですが、高知県内の酒販店が平成17年に理想の飲ん兵衛像をまとめた【飲兵衛八策】を起草、発表しています。
坂本家や元土佐勤王党海援隊の皆様との酒席での立ち居振る舞いの参考にしていただければ幸いです。
酒と言えば、土佐の酒の銘柄に『龍馬』や『竜馬』・『船中八策』・『海援隊』というものが出回る他、最近では【焼酎】も人気沸騰となっております。くわえて、【龍馬伝】の放映を前にあなた様が活躍された京都府の酒道会社が【龍馬伝】『風雲篇』(米焼酎)を長崎県が『希望編』(麦焼酎)そして高知県が『立志篇』(芋焼酎)の3種を同時発売し、3本セットで買い化粧箱を並べると日本地図が完成するというグッドアイディアの企画です。正に『京長土同盟』(協調度?)の成立と言えるでしょう。
また、あなた様ご本人が知らぬ間に酒・焼酎をはじめ各種のコマーシヤルに出演されて、『〇〇ぜよ』と士佐弁を連発されておりますが、知っちゅうがでしょうか?
●一方、日本初のカンパニー亀出社中を立ち上げた思い出の地長崎でも、『龍馬伝』の盛り上げも含め歴史情報の発信に取り組んでいます。平成21年8月1日から『長崎市亀山社中記念館』の公開が始まりました。
亀山社中』の遺構を帯末当時のままに復元し、あなた様がもたれかかって座ったとされる―の柱や落ち着いた黒褐色の建具もそのまま…。今日も数多くの影武者?が柱にもたれてピストルを構えています。
--2/3--
また、あなた様がよく通われた『花月』近くの丸出公園には長崎市で3体目となる龍馬掘像(2.4m)があなた様の誕生日であり、ご命日でもある平成21年11月15日に除幕式が開かれたようです。日本全国に一体いくつの銅像があるのか、ご存じでしょうか。かく言う私も実は多すぎて明確に把握していません。長崎にも化粧箱にあなた様の写真が入った『本格焼酎:長崎の志士』というのがあります。長崎では、ぶらぶら歩くことを方言で『さるく』というそうですが、その書あなた様が歩かれた場所をなぞるかの様に、今も多くの観光署が『さるく』を含言葉にゆかりの地を回り、出会いを期待しています。
平成23年1月10日までの組期間ですが、『長崎奉行所龍馬伝館』もオープンしたとのことです。
●同じ九州でも鹿児島では、『龍馬ハネムーンロードをめぐろう1』をスローガンとした歴史を楽しみながらのウオーキングに全国各地からの龍馬フアンが集っているとか。寺田屋事件九死に一生を得たあなた様が西郷隆盛さんらのすすめで『お龍出さんと共に傷を癒しながら霧島で遊ばれたことが、今日では日本初の新婚旅行といわれていますが、ご本人の感想はいかがですか?
おそらく生涯で最も楽しい日々であったでしょうね。今でもはっきりと記憶されておられる醤ですが、かと言って『思い出し笑い』はいかんぜよ。塩浸温泉近くには『坂本龍馬。お寵像』が今も健在ですよ。
●この他にもゆかりの地としては、熊本・福岡・下関・鞆・神戸。大阪・京都・福井。江戸と数多くあり、話題には事欠きません。多分、今一度じっくりと訪ねてみたい土地ばかりかと考えますがこれらの情報は次の機会に致したいと思います。
名残りは尽きませんが、今回はこれまでとし最後に前述の『飲兵筒八策」を記して筆を置くことにします。
寒い日には中岡慎太郎さんと久し振りに『シャモ鍋』などゆっくり召し上がって鋭気を養ってください。
お龍さん・乙女姉さんをはじめご家族の皆々様によろし<お伝え願えれ|よ誠に幸甚に存じます。
末筆ながら気候不順の折柄、呉々もご自愛専一の程を切にお祈り申し上げます。         敬具

『飲兵衛八茶』(酒本窪馬)
1.天下の市民権を飲兵衛に奉還せしむる為、若者憧憬の飲酒作法を示すべき事。
1.上戸下戸・老若男女の別なく、飲酒の無理強いなく、万人楽しく酒宴は催すべき事。
1.天下の人材と積極的に酒を酌み交わし、無名の人物なりとも同様に成すべき事。
1.外国の人材と交流広く成し、日本の酒と食の文化を伝うるべき事。
1.古来の酒道。自らの美学に則り、宣しく酒量・節度を守り飲酒すべき事。
1.酒席にて議論おおいに成すも、誹議中傷・暴カー切厳禁とすべき事。
1.酒席にて傍若無人にからむ輩、一切相手にせず柳に風と受け流すべき事。
1.飲み代常時その場の決済にて、借り飲み・貸し借り成さぬべき事。       福 山 拓 治 拝
--3/3--
 

龍馬さんへの手紙一般の部・稿書状 福田秀夫

Wed 09 , 11:26:02
2009/12
 
CIMG0449A.jpg天国の龍馬様・一筆啓上仕候
一万円札の顔になって下さい。
今の福沢諭吉じゃ地味過ぎてダメ。
龍馬さんじゃないと、百年に一度の大不景気は乗り越えら
れなーい。
五千円の樋口一葉、千円の野口英世
みんな地味過ぎてダメ。
もっとドバッと派手な千円は、戦国乱世、天下統一の礎を築いた尾田信長。
五千円は信長亡き後天下統一し豊臣秀吉でなきや。
3人がっちり手を結んでなんとかしてよ
あんたがた3人寄ればなんとかなると思うよ
中でも先頭に立って無血の平成維新が出来るのは龍馬さんあんただけよ。
せめて財布の中にあんたの万札がガバッと入っていると思うだけでもふつふつと勇気が湧いてきて、なんかやったろかという気になるから不思議だ。
21世紀強い日本はこれで決まりマル!
CIMG4216A.jpg【龍馬返書】
福田様 こりゃほんとやられたねや
まるで龍馬の手紙が現代に蘇ったかのような書状です。
自由奔放・闊達な筆で、思いのたけが語り言葉で書かれている龍馬流(当時としては誠に珍しい)
恐れ入りました。
お札の顔。これは意外な提案でしたね。
案外面白いかもしれません。
出来れば万札と言わず五万円札・十万円札にすればなお良いんじゃありませんか。
財布から出て行く龍馬さんと別れるのは辛いけど
世の中に出て暴れまわってきてくれと送り出す勇気も出るというものでは。
イラストも良いわ。アピールしますね。
 

龍馬さんへの手紙・一般の部 最優秀作品  みなとこうべからの手紙 大森 尚 

Sat 30 , 15:02:272010/01
龍馬さんへの手紙  一般の部   大森  尚

拝啓 坂本龍馬さま。私はあなたが塾頭をなさっていた海軍操練所のあった神戸で育ちました。神戸ではあなたの縁戚にあたる土居晴夫さんがあなたと海軍操練所時代のことを書かれていてあなたにたいして格別の思いを抱いている人も少なくはありません。その仲間内でもあなたの人気の秘密はどこにあるのかという話になるとはっきりした答えはでていません。維新の英雄だった西郷隆盛とともにその悲劇的な最後にあつたとする意見に落ち着きます。
西郷さんとあなたのお二人はお互いに認め合った間柄で、薩長同盟という破天荒な事業を共にされましたが、その生き様は同じではありません。西郷さんは革命家として権謀術策を弄し維新の大業を成就させましたが、その根底を流れるものが儒学的、農本的であったためか、日本の近代化に逆行する反革命のシンボルとして城山に敗死しました。西郷さんはあなたと同じ大男でありましたが、あなたが北辰一刀流奥義を究めたのに対し西郷さんは剣の道はまったくだめでした。大久保利通が膨大な日記を書き、あなたがあの有名な「船中八策」や数多くの長文の手紙を残し、その考え方がわかるのに、西郷さんの漢詩や語録からは彼が幕府を倒したのち、どんな国のありようを考えていたのか伝わってこないのです。ただ興味があるのは西郷さんも大久保利通も艶めいた話が無いのに桂小五郎木戸孝允)には幾松、あなたには千葉さな、おりようさんがいるように女性にもてていました。西郷さんは薩南健児一万有余人を平気で死地に赴かせたという神に近い人間力がありましたし、あなたも武市半平太を簾磨なく刑殺した山内容堂に何度も脱藩の罪を許されていますし、それが一介の浪士、それも下級武士ならぬ土佐の郷士に過ぎないあなたを徳川家門筆頭の越前藩主松平春嶽がその異才を認めたうえでの斡旋によるものとすれば、幕府の実力者勝海舟との交流を含めて、あなたは西郷さん以上の人証しの名人だったといえます。あなたは「船中八策」で律令政治の基本、天皇の下に大政官を設け、人省を置くほか、上下二院からなる議会政治と、強力な海軍力による国防、それが担保する諸外国との平等な条約のもとでの外交など、今日の「国のかたち」を明隙に打ち出しておられます。 一方長崎のグラバー商会の代理人として武器の輸入をおこなう貿易商社、亀出社中のオーナーでもありました。この足場があつたればこそ薩長同盟が成立したのでしよう。

ところで坂本龍馬さま、あなたが慶応三年十一月十五日、近江屋で暗殺され、三十一歳の生涯を閉じることなくご存命であれば明治維新の形はずいぶん違ったものになっていたと思いますが如何でしょうか。あなたの「船中八策」は後藤象二郎を通じて出内容量を動かし、大政奉還という大事業を成し遂げました。徳川慶喜に政権を投げ出させることによって無血革命は成就し、徳川慶喜を首班とし、大名・公家の上院、諸藩の有識者による下院という構図ができていてもおかしくありません。ところが現実は戊辰戦争という革命戦、西南戦争という反革命戦の二つの内戦を経験しました。大刀より拳銃、拳銃より万国公法を大事にされたあなたは革命戦にはむしろ邪魔な存在になり佐幕派よりは倒幕派に狙われる存在になりつつあったと思えてならないのです。暗殺の危機を乗り越えて無事維新を迎えられたとしたら、あなたはどうなさっていたでしょうか。

これからはまつたく私の想像です。大政奉選により無血革命が成就し、版籍奉還廃藩置県が無事おこなわれ、中央集権による近代国家の骨格ができつつあるなか、西郷さんは鹿児島に隠退し、本戸孝允は内閣顧間で評論家的存在、徳川慶喜上院議長板垣退助の下院議長、政府は三傑実美、岩倉具視を首班とし、大久保利通伊藤博文などによる有司専制の体制がしかれ、それからはみ出したあなたはかって尊壊過激派の浪士たちを蝦夷地に移住させようとした延長線上に、長崎を拠点とし、北海道、樺太に入植させた不平士族による開拓の成果を物流させ、北海油田を開発し、もしかしてアラスカまでも買収して、グローバルな汎太平洋的な商圏を構築する、この話はロシヤの南進を危慎し、士族救済の道を探つていた西郷さんの理解をえてより強固なものとなっていった、こんな想像はどうでしようか。

いま日本の政治は自民党の失政に飽いた国民は民主党政権を選びましたが、鳩出首相、小沢幹事長の政治と金の問題、普天聞移転にからむ基地問題、出日の見えないデフレスパイバルによって失望し、正直政界再編を望んでいます。かってあなたの成し遂げた薩長同盟のようなことができないかを願っていますが、私はあなたの出番としては小さ過ぎると思っています。いまの日本はあなたの時代のような沸点に達する若者のエネルギーはありません。あなたのような突拍子のない若者が育つ土壌ない以上、あなたは歴史上の人物で現代に通じるモデルでないことは確かと申し上げて終わりにします。桜の咲くころ京都、霊山のあなたのお墓参りをしたいと思っています。いまからそれまでの日本の政治の成り行きををご報告いたいので楽しみに待っていてください。  敬具
 
【龍馬返書】
誠に広範な知識と見識溢れるお手紙を頂戴いたしました。私が我が道を模索する上で一番励み学んだ地である神戸よりの手紙とあらば、感激一入です。
ところで、西郷どんに色めいた話がなかったわけではなく、京にてなかなか巨体の贔屓がいたことをお伝えします。また、よかにせどんを数多道ずれにしたような西南戦争が、結局は維新による士族の憤懣のガス抜きになる結果に終わったことは、いろいろ考えさせられます。
それよりも、貴殿ご指摘の、蝦夷が島開拓の一点面白く読ませテ頂きました。私の後、幕府艦隊を率いる榎本武揚君たちが北辰共和国設立を夢見て大いに奮闘してくれましたが、ご指摘のとうり、北海道に止まらず、樺太アリューシャン、アラスカまで視野に入れての開拓をやっておけば、あの悲惨な支那事変・太平洋戦争の悲劇を生まずに済んでいたかも知れませんね。貴重なご指摘有難くお受けいたしました。